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入社して一年で実家に帰る

私は大学を卒業してすぐに植物園を運営する会社の就職しました。主に植物を世話をしたりパートの方を管理したり、通信販売の手続きをするのが仕事でした。小さな会社だったので、あまり研修などはなく、すぐに現場に出ることになりました。

元々植物は好きで、汚れ仕事も肉体労働も苦ではありませんでした。しかし、私の母よりも年が上で、私が産まれる前から働いていたパートさんたちは私のことを可愛がってはくれましたが、上司とは認めてくれませんでした。話を良く聞いたり、理由を根気よく説明したり、差し入れを多くしたりと私なりに努力はしましたが、無理でした。そのことで、上司に相談しても「うまくやれ」としか言われなかったことが辛かったです。

好きな仕事だからと、頑張っていましたが、給料は一人暮らしがなんとかできる程度でカツカツでした。今はいいけれど、十年後、二十年後の未来が描けなくなり、このままここにいても、年と共に辛くなるだけだと思うようになりました。転職をするのなら若い方がいいと考え、転職を決意したのは十二月です。正月に実家に戻って、両親に行ったところ、戻ってきていいと言われたので、二月に退職したい旨を上司に話しました。まだ一年も務めていなかったので、あまり引き止められることも、引き継ぐこともありませんでした。3月に正式に退職届を書き、社長と少し話しました。辛抱と努力が足りないということを淡々と話されました。事実だとは思いましたが、ここで辛抱と努力をしてもこの先にあまりいいことがあるとは思えなかったので、心は動きませんでした。別のもっと、私を大切にしてくれる場所で辛抱と努力をしようと思いました。パートさん達には辞める一週間前くらい話しました。やっぱりね、みたいなことを言われました。先輩とパートさんは少し別れを惜しんでくれました。退職にともなう保険や年金の手続きは一週間前くらいに事務の人がやってくれました。

再就職先もネットで探していましたが、日々の仕事があるので、あまり思うように動けませんでした。新しい勤め先は一人暮らしをしている場所ではなく、実家から通える場所にしようと思いました。仕事をしている時に、就職活動でしたことは、人材派遣の会社に登録したことだけでした。一人暮らしをしていた場所は地方で、全体的にお給料が低かったので、特別な資格のない私が一人暮らしを安心して続けられるような仕事を見つけることはとても難しく、あきらめました。

四月に一人暮らし先を引き払い、実家に戻りました。衣食住は保証されていたので、おちついて就職活動を本格的に始めました。このことはとても両親に感謝しています。まだ年齢が23歳と比較的若かったので、結構仕事を選べました。ハローワークに登録し、雑誌やネットで仕事を探す一方で、日雇い派遣でも働きました。一カ月くらいの間仕事を探して、時給の良い派遣会社を見つけました。いままでの植物園の仕事とは全く違う分野ですが、大学の時に先行していた食品の安全性の試験や調査をする仕事です。そこも、慣れるまでは大変でしたが、同年代の派遣社員が多いこともあって、結構馴染むことができました。結婚して遠くへ引っ越すまで働き続けることができました。引っ越し先でも同じ派遣会社から紹介された仕事を妊娠してお腹が大きくなるまですることができました。

住民票の移動や年金や健康保険や失業保険の手続きは市役所にいってやりました。受付の人が丁寧に教えてくれて、滞りなかったです。 前に勤めていた植物園は退職して一年くらい経ってから、一度だけ母と遊びに行きました。快く迎えてもらいました。でも、その悟は全く行っていません。